「コロナ不況」にもかかわらず希望退職に申し込みが殺到する理由
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴う景気低迷で、希望退職の募集が相次いでいる。景気が悪くなれば企業が希望退職を募るのは当たり前だが、事前想定を大きく上回る応募者が殺到する事例が目立つ。かつては従業員を震え上がらせた希望退職に、なぜ応募が殺到するのだろうか?
全従業員の8割が希望退職に応募
松山三越(松山市)が2020年5〜7月にかけて希望退職を募ったところ、約200人が応募したことが分かった。全従業員約250人の8割に当たる「大量退職」になる。残る2割の50人で運営が継続できるかどうか不安になるが、同店は2021年秋のリニューアルで7~8階に道後温泉でホテルを展開する茶玻瑠(同)が運営する高級ホテルが入居するほか、1階と地階には地元の食料品や土産物店などのテナントを誘致、直営フロアは2〜4階の3フロアに縮小するため「人手不足危機」は避けられるという。・・・(全文は下記引用元参照)
コロナ過によって希望退職を募る企業が増えているらしい。そして、その希望退職に応募が殺到しているらしい。このニュースの面白い所は、「かつては従業員を震え上がらせた希望退職に、なぜ応募が殺到するのだろうか?」という一文に尽きるだろう。本当になぜなのか。
記事では、企業の業績が景気循環じゃなくなったからだと分析する。景気循環なら、厳しい冬も耐えればやがて春が来る。しかしコロナが突きつけているのは、古い業界・業種・職種それ自体の死刑宣告だ。業界自体が滅びてしまえば、そこに懸命にしがみつくことにどれだけの価値があるのだろうか。この状況においては、どう考えても逃げるが勝ちだ。
個人的に、日本は「身分でお金儲けしている」人や企業が多すぎた。その身分=ポジションにいれば、本人は努力や改善を放棄しても成り立ってしまう。残念ながら、利権企業や、そのポジションにしがみついている人に、社会に還元できるようなノウハウはない。単に、現場の第一線で懸命に付加価値を生み出している者たちから、上前をはねているだけなのだ。筆者はそういう者たちを「羨ましい」と思いつつも、「なんか不快」と感じていた。だから、コロナがそういう人たちに「No」を突きつけたことに、ある種の「すっきりした」感じがした。権威、権力、ブランド、それらには数多くの張りぼてが混ざっており、張りぼてが剥がれ落ちたのなら、あとは頑張るしかない。頑張ってくれ。
日本の社会は、戦時中以来、「カイシャ」が「ムラ」に代わる運命共同体のコミュニティ単位として発展した。統計を見ても、地方にあった商店街などの自営業者たちは「カイシャ」に飲み込まれ、フランチャイズチェーンや大資本の支店のスタッフに置き換わっていった。一方、年金制度をはじめとする社会福祉制度も「カイシャ」を前提として組まれている。そのため日本の「カイシャ」は簡単に社員の首を斬れない。首を斬れないから、まず人ありきで仕事を渡す。明確な職務よりも何でも柔軟にこなす全員ゼネラリストのほうが有利となる。それは労働組合を代表する労働者たちの勝利でもあったが、同時に自分たちを一生涯「カイシャ」というムラ社会に縛り付ける呪いにもなったわけだ。「カイシャを辞める」とは、コミュニティ基盤を失うことを意味する。にもかかわらず、みんなどんどん辞める選択をするというのは、なんとも心強いではないか。
テクノロジーとコロナによって、新しい時代は確実にはじまっている。孤独にムラ社会のなかで悩んでいるなら、もっと外に目を向けてもいいと思う。”みんな”動き出していますよ、と。その人も、あの人も、この人も、みんな動き出していますよ。
(文責/夏生 隼成)




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